如水円清(黒田官兵衛の法名)は、老子の上善如水に由来する

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柔らかな陽光が降り注ぐ中庭、清流の畔に力強く枝を広げて咲き乱れる藤の花、その傍らに在りし日の大殿の面影を重ねながら、妻の光(てる)がしみじみと呟きます。

殿、よく生き抜かれましたな・・・

遂に、NHK大河ドラマ 軍師官兵衛 の最終回、ラストシーンでした。
この一年、主演の岡田准一さんの魂が乗り移ったような熱演が本当にカッコ良かったです。

黒田官兵衛の辞世の句
「おもひをく 言の葉なくて つゐに行く 道はまよわじ なるにまかせて」
この世に思い残す未練はなく さっぱりした気分だ そろそろあの世へ参るとしよう

伊達政宗の辞世の句
「曇りなき 心の月を 先だてて 浮世の闇を 照してぞ行く」
に近い、堂々と潔い、満ち足りた境地だと思います。

 

大河ドラマを毎週ここまで完璧に観続けることができたのは、
・独眼竜政宗(1987年)渡辺謙さん主演
・翔ぶが如く(1990年)西田敏行さん、鹿賀丈史さん主演
・太平記(1991年)真田広之さん主演
以来かもしれません。

良かったのはキャスティングもそうですが、軍師が戦略家である所以を改めて教えて貰える脚本だったからだと思います。
全ては生き残るため」という言葉が心に染みました。戦略や策略、謀略を巡らせる参謀的イメージよりも以前に、何が何でもとにかく「生き残る」「家族(家、家臣)を守る」という「生」というものに執着する姿勢こそが、たまたま軍師と呼ばれるようになったとも言えるのではないかと感じました。
勝てない相手とは決して戦わない(秀吉に徳川家康とは戦うなと忠告、朝鮮出兵を無謀と言い切るなど、軍師でありながらも、決して好戦的な性格をしていたわけではなかった)、そして、もしも相手(敵)に攻められれば何としてもどんな手段を使っても守り抜く、この2つの鉄則があったからこそ、彼は生涯、戦で負けたり、殺されたりすることは決して無かった。それは、猛将と智将の分かれ目になるのかもしれません。
戦国時代を乱世といいますが、現代も色々な意味で生きるか死ぬかの乱世であると思います。その中で、人を動かすものを「愛」で表現しようとする作品は数多いわけですが、軍師官兵衛の世界はそういったモチベーションを「愛」で表現しようとしなかった所が、個人的に実に素晴らしかったと思う点なのです。愛ではなく、もっと野性的な何か、恐らくそれは「生存本能」と呼べるようなものが、滲み出てくる感覚がしました。そしてもう一つ、秀逸だったのは、諸行無常をわざとらしく描かなかったことです。命には生老病死があるわけですが、それを泣かせどころにしてしまうと、一気に陳腐になってしまう。しかし、軍師官兵衛には常に流れがあった。死ぬシーンは感傷的に描かれていても、その後はスパッと(あっさり)切り替えられていて、わざと余韻を残していない点が良かったです。

 

戦の無い世をつくりたい、その思い(竹中半兵衛と黒田官兵衛の共通項)を秀吉に託したが、実現しなかったことで、黒田如水が生まれました。それまで、播磨の小寺家家老(といってもいざとなれば鉄砲玉のように扱われる)から始まり、ずっと主君に忠誠を誓う家臣として生きてきたけれど、秀吉が天下を取ったことで、官兵衛も大名になっていた。そして、家督を長政に継いだことで、本当に自由になれた。それは、今の時代でいえば、平社員から中間管理職の辛い立場を経験して、退職して独立して、その家業を安心して託せる跡継ぎも育ち、まさに悠々自適のリタイア生活のスタートだ。
関ヶ原の戦いの混乱に乗じて、黒田如水が九州で兵を挙げた時、実はその時、本当に天下を争っていたのは、徳川家康と黒田如水の2人だった。もし、家康ではなく如水が天下を取っていたら、その後の日本の歴史はどうなっていただろうか? と想像するのも非常に面白いと思うのです。

 

「上善如水(上善若水:じょうぜんはみずのごとし)」は、中国の思想家 老子の言葉です。

上善は水の若(ごと)し、水は善(よ)く万物を利して而(しか)も争わず。衆人の悪(にく)む所に処(お)る、故に道に幾(ちか)し。
(最上の善なる在り方は水のようなものだ。水はあらゆるものに恵みを与えるが自己主張をして争うことはない。誰もがみな嫌がる低い所で謙虚に落ち着く。だから道に近いのだ。)

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水のように柔軟に、器の形に合わせて自らを変える。素直で謙虚な姿で、自分の能力や地位を誇示しようとしない。内なる大いなるエネルギーを秘めていて、緩やかな流れは、人の心を癒す力を持ち、また速い流れは、硬い岩をも砕く力強さも持っている。

老子は、第八章のように、水を「何事にもあらがうことなく生きるものの象徴」ととらえていました。

【原文】
上善如水。
水善利万物而不爭。
処衆人所惡、故幾於道。

居善地、心善淵、
與善仁、言善信、
政善治、事善能、
動善時。

夫唯不爭、故無尤。

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【書き下し文】
上善は水の如し。
水は善く万物を利して争わず、
衆人の悪(にく)むところに処(お)る。
故に道に幾(ちか)し。

居るは善き地、心は善き淵、
与うるは善き仁、言うは善き信、
正すは善き治、事は善きに能(かな)い、
動くは善き時。

夫(そ)れ唯(ただ)争わず、故に尤(とが)無し。

【意解】
最も理想的な生き方は水のようなもの。
水はあらゆるものにメリットを与え、他のものとは争わない。
人々の嫌がるような場所に留まる。
だから、「道」に近いのである。

姿勢は控えめで謙虚であり、その心は善く奥深い、
与えるに於いては善く慈悲深く公平であり、その言は、誠実であり嘘偽りが無い。
正しくして善く治め、物事は善く出来て無理が無く、
動く時は、善い時である。

それは、少しも争うという事が無い、
だから、何の間違いも、落ち度も無いのである。

 

また、老子 第四十三章には、こんな文言があります。

天下の至柔(しじゆう)は、天下の至堅(しけん)を馳騁(ちてい)し、無有(むゆう)は無間(むかん)に入(い)る。
(世の中でもっとも柔らかいものが、世の中でもっとも堅いものを突き動かす。形の無いものが、すき間のないところに入っていく。)

衝突や争いをみずから避けて人よりも低い場所に留まるという生き方を現実世界で想像すると、謙虚というイメージだけではなく、どこか弱々しい腰の引けた卑屈な行き方も連想してしまうかもしれません。しかし、老子は、水がもっと大きな力を秘めていることも、ちゃんと認識していたのだということになります。「天下の至柔」(世の中でもっとも柔らかいもの)を「水」と言い換えると、分かりやすいですね。柔らかくてしなやかな水は、時には金属や岩のような頑丈で重いものを動かすこともある。さらにどんな形にも姿を変えることができる水は、ちょっとした隙間にも入っていくことができる。

古代中国において、水という物質は、四角い器に入れれば四角になり、円い器に入れれば円くなるように、柔軟なものの代表でした。老子はもっとも柔らかい水に大きな力が潜んでいることも理解したうえで「上善は水の若し」と述べたのです。

 

ロジャー・ハミルトン氏のウェルスダイナミクスでも、水は全ての起点となる存在であり、流れ(回転)の中心となる循環の象徴です。
ミハイル・チクセントミハイ博士のフロー理論でも、Flowとはまさに水の流れのようなものと喩えられるわけなので、何か共通するものがあるのだと思います。

 

智者は山を好み、勇者は海を好む、という言葉があります。

武田信玄で有名な風林火山
「疾如風、徐如林、侵掠如火、不動如山」
(疾(と)きこと風の如く、徐(しず)かなること林の如し、侵掠(しんりゃく:おかしかすめる)すること火の如く、動かざること山の如し)
には、水が無い。
風を起こし、林を生かし、火を消し、山を育むのが水。
武田が天下を取れなかったのは、そこに水のイメージがなかったからなのかもしれません。

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コメント

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    • 投稿日 (Posted on):

    NHK大河ドラマ
    NHK 日曜 20:00~20:45
    2014年「軍師官兵衛」
    出演: 岡田准一さん、中谷美紀さん、柴田恭兵さん、竹中直人さん 他
    原作: なし、脚本: 前川洋一さん、演出: 中村高志さん、田中健二さん
    回 日 視聴率
    1 1月5日 18.90%
    2 1月12日 16.90%
    3 1月19日 18.00%
    4 1月26日 16.50%
    5 2月2日 16.00%
    6 2月9日 15.00%
    7 2月16日 15.20%
    8 2月23日 16.10%
    9 3月2日 15.40%
    10 3月9日 15.70%
    1-10回平均
    16.45%
    11 3月16日 15.80%
    12 3月23日 15.80%
    13 3月30日 12.90%
    14 4月6日 14.90%
    15 4月13日 14.90%
    16 4月20日 16.20%
    17 4月27日 15.60%
    18 5月4日 12.30%
    19 5月11日 13.70%
    20 5月18日 15.00%
    11-20回平均
    14.71%
    21 5月25日 14.80%
    22 6月1日 16.60%
    23 6月8日 16.00%
    24 6月15日 17.50%
    25 6月22日 16.40%
    26 6月29日 14.90%
    27 7月6日 16.70%
    28 7月13日 17.50%
    29 7月20日 19.40%
    30 7月27日 15.60%
    21-30回平均
    16.54%
    31 8月3日 18.20%
    32 8月10日 16.10%
    33 8月17日 16.70%
    34 8月24日 13.00%
    35 8月31日 14.50%
    36 9月7日 15.10%
    37 9月14日 14.60%
    38 9月21日 15.00%
    39 9月28日 14.60%
    40 10月5日 17.60%
    31-40回平均
    15.54%
    41 10月12日 14.10%
    42 10月19日 15.60%
    43 10月26日 15.30%
    44 11月2日 15.00%
    45 11月9日 16.80%
    46 11月16日 16.40%
    47 11月23日 15.40%
    48 11月30日 16.60%
    49 12月7日 15.80%
    50 12月21日 17.60%
    41-50回平均
    15.97%
    年間平均:15.85%

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    「花燃ゆ」平均視聴率 大河ドラマ史上最低に並ぶ
    ビデオリサーチ社の14日発表によると、2015年12月13日に最終回を迎えた NHK大河ドラマ「花燃ゆ」の全 50話の平均視聴率は関東地区で 12.0%、関西地区は 13.0%、名古屋地区では 13.6%、北部九州地区で 11.6%だった。関東地区では大河ドラマ史上過去最低だった 2012年の「平清盛」とワーストで並んだ。最終回の平均視聴率は関東地区で 12.4%、関西地区で 12.8%、名古屋地区で 12.9%、北部九州地区で 9.5%だった。

      • t-co
      • 投稿日 (Posted on):

      ついに最終回を迎えた大河ドラマ「花燃ゆ」! 幕末と明治の激動期を生き抜いた美和(井上真央さん)がたどりついたのは・・
      花燃ゆ 50回「いざ、鹿鳴館へ」(最終回)
      鹿鳴館の舞踏会にやってきた美和と楫取(大沢たかおさん)。夫婦となって初めて臨む社交の場でダンスを踊る二人。群馬の鉄道開通に向けて実業家らと交渉する楫取と、女性が学ぶことの必要性を貴族の婦人たちに訴える美和。これまでの取り組みがさまざまな形で実を結びつつある中、二人は大きな決断をする。

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